海の向こうで触れた 【 日本! 加油! 】

2011年は、7〜8月に里帰りをしていました。
この時のポストカードを見てみると、1H$ ≒ 10円 の年。
西營盤の CITI BANK でお金をおろして、11日間 ほぼ30000円弱で過ごせたと書いてあります。
そう、
金銭的なことで言えば、表示価格✖️10で 何でも計算し易かった円高の年。

この可愛らしい滞在費でも、
“ウチ向きお土産” や “ウチ的豪華な食事” を連日続けた結果、まだ香港ドルが手元に残りました。
そんな状態で最終日を迎え、8月9日に香港機場へ。


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先にターミナル1でチェックインを済ませてから 空港郵便局で最後のポストカードを投函し、
通路をくぐってターミナル2へ向かいました。

最終日のここでガチャガチャをしたくて残しておいた5$コインを何枚も握りしめ、上階へ。
だけど、お目当の物が無かったので、
そのまま館内を散策したり 離発着を繰り返す飛行機を眺めていたり。
しばらく過ごしてから「そろそろ向こうへ戻ろうか」と 連絡通路に向かおうとした時、
シャッターを上げようとしてる回転寿司屋の入り口で目にしたのが、こちら。


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東日本大震災から まだ半年も経っていない時でした。
【 日本の皆さん、頑張ってください We are with you Japan 日本! 加油! 】

遠い故郷の空港で見かけた 香港からの声。

ふだん、日常で “ 頑張る ” って口にするのが苦手な自分。
「頑張ってる人 や 頑張らなきゃならない人 に “ 頑張って ” って言わんでえぇ。」と天邪鬼。
だけど、
【 日本の皆さん、頑張ってください We are with you Japan 日本! 加油! 】
と 日本へ向けられた声は、
そんな自分の中にも ひたひたと沁み入ってきて。


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この東日本大震災の時には、
日本が 台湾・香港から 大きな援助を受けたことが記憶にあると思います。

その後の2016年、熊本地震の時も そうだったかな。
ちょうど その1〜2年ほど前から、
熊本産のイチゴやくまモンの看板・ポスターなどが ケーキ店や果物屋の前に掲示されていた香港。
熊本地震の後は言うまでもなく、
有形無形の援助を惜しみなく贈られた記憶が。


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昨日の朝8時直前、ウチの自宅もけっこう揺れました。
よくある地震…ではない類の感覚で。
( 被害などは何もありませんでした )
今日もまた、僅かながらもこんな場所まで届いた余震。

今回の地震も、人的被害をはじめ ライフラインの崩壊などなど広範囲での災害。
今週末までは度々雨模様の予報だし、特に明日は降水量も多めとのこと。
物理的にも心情的にも 辛い状況が重なります。

余震はもとより、二次災害等 これ以上 被害が広がらないように願うばかり。


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ガスや水道の復旧なども、今後かなり日数がかかることが報じられていますよね。
うーん……。

この先災害が繰り返されませんように。
少しでも早く、日常が戻りますように。




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Commented by nicho at 2018-06-20 13:24 x
1995年に起きた阪神淡路の地震
2011年に起きた東日本の地震
どちらも経験したのですが、離れた場所で産まれた場所が揺れた‼︎
と知った時の不安感は忘れられません。
幸い身内にも友達も皆無事でしたが、被害にあわれてしまった方々を思うと・・・早く落ち着いた生活に戻れるようにただただ祈るのみ。です。
Commented by chonnfanndaisuki at 2018-06-20 21:03
♫ nichoさん
そうだ、確か 関西はnichoさんとゆかりのある地でしたもんね。まさにその地に居れば大変な思いをするに違いないんだろうけど、それを離れて知った場合だと また別の大きな不安・心配事が膨らむばかりですね。東日本の時には、近い場所にいらしたんでしょうし。…ウチは親戚が仙台に居たので確認を取ろうとしたんだけど、その方法やタイミングを図る時点から色々と迷いました。
Commented by たま at 2018-06-20 22:11 x
そういえば、阪神淡路大震災の次の日ぐらいに、香港出張に行ってました。
先に香港入りしていた上司に、ニュースで見たショックな状況をいろいろ説明した覚えがあります。
3.11のあと、香港も親身になっていろいろ応援してくれましたよね(台湾が目立っちゃってるけど^^)
ただ、忘れられないのは、香港に出店していた(今もある)日本の牛丼チェーン店・・
「当店は福島産の食材は使っていません(安心してください)」と・・・
まさか同胞にこんな仕打ちを受けるとは!!!と、怒りに震えました。
あれ以来あの店、行ってないです!(たまにちょっと食べたくなるけどw)
まあ、いろいろ事情があったのかもしれませんが、あの時は本当に頭に来てましたー。

関西は今日は雨で、壊れた屋根からの雨漏りが大変だとか・・
早くみなさんが普段の生活に戻れますように!
Commented by Jyujai at 2018-06-20 23:04 x
そちらは、結構ゆれたんですね〜。
こちらでは今だに、あの日に何をしていたかということが話題になります。
自信があるたび、災害に対して都心の機能がいかに脆弱か、そして山でも海でも川でも
日本が抱えるリスクを考えさせられます。

余震や雨などで、これ以上の被害が広がらないよう、祈るばかりです。
Commented by chonnfanndaisuki at 2018-06-20 23:54
♫ たまさん
そうですね、台湾からの援助は大きく報じられてましたね。花蓮の時もだけど、レスキューの派遣や援助も自ずと有り。気持ちが行き交うところには想い一つしかないのに、援助申請を断る国もあれば風評を鵜呑みにする国もあり、要らぬはずの事情を絡ませてしまう現実も目の当たりにするし。いや、“国”と一括りにしちゃあかんのかな。一括りにされちゃう事で見えなくなる其々の想いも、有るに違いなく。
Commented by chonnfanndaisuki at 2018-06-20 23:57
♫ Jyujaiさん
⒊11の瞬間は出張直後の休憩でスタバに居て、遠い地なのに天井の照明器具が一斉に振り子のように揺れ続けてたのを鮮明に覚えています。ニュース映像は、当時まだ規制も緩かったのでショッキングなものが流れ続けましたよね。自然界が与えてくれる癒しと背中合わせの厳しい爪痕。災害に見舞われた直後から、その度に次の手立てを学んだり備えたりするだけが精一杯のような。
Commented at 2018-06-24 00:45
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ころた at 2018-06-24 06:45 x
地震、こえださんの地元でも揺れたのですね!
3.11以降、日本だけでなく地球規模で地面が活発化してしまったよう。地震だけでなく火山も噴火。3.11以降と言っても1995年の阪神淡路大震災だって地球規模から考えればほんの一瞬前のことなんですけどね。
その時にどうするか、100%守ることなんて誰もできないのですがいかに最小限の被害にとどめるかが大事ですね。でも、自然は人間が考える以上の破壊力を見せることもあるので、どうしても後追いとなってしまうことも少なくないのがなんとも。だからと限りない想像に基づいた対策ばかりでは実際の暮らしも成り立たない、難しい問題でもありますね。また、自然だけでなく、便利に頼ってしまっているがゆえにその便利が繊細な安全の上に成り立っていること、3.11や今回の大阪の地震でも思い知らされました。
2011年5月香港の空港には「渡航警報「黒警報」発令中の宮城・福島・茨城・福島の4県を訪問し放射能汚染の疑いのある人は…」なんていう掲示がありこれが世界からの目なのかと。
ただし救援や援助であったり街の中の「加油」だったり、と感謝ばかりでありますが。

2011年の香港㌦はほんとにお得感満載でしたね。帰ってから次のたびのためになんで両替しなかったのかと後悔。じゃあと国内で米㌦に両替をしたのですが結局その後香港に行くこともなく、数年後に日本円にもどしたのですが、かなり儲かってしまいました(笑)
Commented by ころた at 2018-06-24 07:32 x
そうそう、書き忘れちゃいました。
最後の深水埗のお写真ってフィルムの時のものですか??
そんな雰囲気。それとも街が街だからそんな雰囲気をかもし出してるのかなぁ
信興酒楼って結業しちゃったんですよね、以前こももさんのブログで拝見しました。
「あぁ~行っときゃよかった」って
Commented by きら at 2018-06-24 16:34 x
エネルギーチャージ❗していこ〜(^^)v
近くから遠くから気にかけて下さるのは大変ありがたい
先日の大阪地震。まだ余震が時にくるみたいで日々大きいのこん事を神頼みのみです
もしもSOSきたときの為に私もチャージ❗
Commented by chonnfanndaisuki at 2018-06-24 18:11
♫ 24日00:45の鍵コメ 18さん
久しぶりで、太太も「大丈夫かな?」と気にかけていました。必要な外出時はどうしたって大変だから、体力消耗すると思いますが、お身体あってのご家族ですもん、ご自愛くださいね。…そっかぁ、夏はパスかぁ。ウチの里帰りは、悲しいかな全く白紙。今年中には、なんとかしたいっていうレベル(笑)。…セレクトカラーの件、お分かりになりました?最初だけややこしいけど、1度設定すれば無問題だよ。
Commented by chonnfanndaisuki at 2018-06-24 18:25
♫ ころたさん
そうですよね、長い歴史の年月からすれば、ほとんど同時に連続してるような自然災害。逆に、同じ長い歴史で見れば、100年200年前には何の対策もとれなかった事を考えると、今は経験値や情報を広める事が出来て“備えと復旧”だけは進歩していますよね。災害の度に学ぶ事しか出来ないけど、人間が自然相手に手立てを打てる事なんて、小さな事しか出来ないって事なんだろうな。…“円高&計算し易さ”に恵まれてた、ウチのバブル時代です(笑)。
Commented by chonnfanndaisuki at 2018-06-24 18:48
♫ ころたさん もう一つ
深水埗の写真は、最近の物ですよ。そう、こももさんが書いて下さってた頃の1〜2年前かな?僕も同じく、行けなかった事が悔いです。そうそう、まさにフィルム時代に撮ってた香港8mmビデオがあるんだけど、ころたさん!聞いて!つい数日前にそれが再生できたんです!時代を感じる荒い映像。啓徳空港内もワゴン飲茶も再生でき、調子にのってYouTubeにUPしました(笑)。いつか記事に。
Commented by chonnfanndaisuki at 2018-06-24 18:54
♫ きらさん
そちらも近い方だから、ちょっと案じてましたよ。震源地からの単純な距離でなく地下構造の繋がり方で影響するから、ウチより大阪に近い土地でも微震だった土地もあったみたい。まさに字のごとく「加油」できる人&時に、チャージしないとね。…記事内に記した通り「頑張れ」嫌いなんですが、6月末迄の大仕事、大丈夫?まさに今が勝負時?→きらさんにはその面でもチャージして欲しいな。
Commented by leslie339 at 2018-06-24 23:51
こえださん
地震怖いです、こえださんのお宅揺れたのですね、日本にいる限り絶対安全な場所はないですからね、常に心構えと食料の備蓄、お風呂の水溜等はしています。

一度円高を味わってしまったので、今の香港の物価高が非常にキビシー
Commented by chonnfanndaisuki at 2018-06-25 09:20
♫ 花襲人さん
日本人でも地震に慣れる事はありませんもんね。ミシッから始まる日頃の小さなのは何度か遭遇してても、いきなりドンっと揺れ始めると、その後の展開を瞬時に連想するので長い時間に感じる。来日中の異国の人だと尚更?…1$≒¥10の時は㗎啡や奶茶が10$の茶餐廳も多かったです。日本で言うコンビニコーヒー価格で美味しい1杯が飲めちゃって。飲み過ぎで太ってました(呆)。
Commented at 2018-06-27 23:50
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by chonnfanndaisuki at 2018-06-28 21:51
♫ 27日23:50の鍵コメ 18さん
今日も、そちらに何度か伺いましたが、5/27と6/24のいずれの書き込みにも こちらからは変わらず やっぱりレスは見当たらないので、写真の件も含めて何がお伝え出来ているのか、申し訳ないですが 状況がよく分かりません。。。上記のお声からだと、鍵コメは別な方のお声だったのだということだけは分かりました。…情報を参考にして下さってる方の存在は、励みになりますね。ブログの良さ、ですね。
Commented by ユ・ミヌ(유민우) at 2018-07-14 21:21 x
あれから7年の時が経ったのですね。自分は東日本大震災からほぼ1カ月後にニューヨークヘ向かいました。こんな時に海外旅行なんてと躊躇していた自分に、こんな時だからこそと後押しをしてくれた人が自分の周りにたくさんいたことを思い出します。そして、行ったはいいものの、NYで日本人がどんな差別を受けるんだろうという不安もありました。でも、いざNYに到着すると、至るところに日本語で「日本を応援しています。」という電光板やボードを目にし、とても感動しました。
自然には到底歯向かえないけど、人間が持っている大きな力ってやはりすごいなぁと感じました。
Commented by chonnfanndaisuki at 2018-07-15 21:18
♫ ユ・ミヌさん
そういうことがおありだったんですね。その時のニューヨーク行きと同じように、自分が何か躊躇してる時に誰かが背中を押してくれて、そのおかげで思ってもいなかった体験につながることが、日常でも時々ありますよね。僕なんか「石橋を叩いて渡らずに壊して終わる」タイプだから、ほんと、背中を押してもらわないと出来ないことばっかり。…ニューヨークでもそんな言葉があったんだ。風評被害のニュースが目立ちがちな中、そういう現実も沢山知れると良いなぁ。
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by chonnfanndaisuki | 2018-06-20 08:06 | 風景 | Trackback | Comments(20)

…暮らすように滞在したい香港…


by chonnfanndaisuki
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